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お盆休みを取ってました [黒川智花] [智花ウォッチング]

一昨日の夜に帰省地から戻ってきました。Uターンのピークから一日ずれていたためか、さして混雑は感じませんでした。問題は、台風と重なって、駅から自宅までの歩いて15分の距離が大変でした。雨と風で難儀しました(笑)。

一昨日は、例によって奈良で観光しました。今年は、纒向遺跡の辺りです。ここは最近、卑弥呼の墓との呼び声も高くなった箸墓古墳があるところです。現在の市制では、桜井市ですが、JRの桜井駅の二つ北の駅が巻向(纒向)です。以下に箸墓古墳の写真を載せますが、墳長およそ278メートル、後円部は径約150メートル、高さ約30メートルとされています。ほぼ最古の前方後円墳と言われています。

IMG_2005.jpg


箸墓古墳以外にもいくつも古墳があって、古墳巡りをしました。それと駅のすぐ近くに纒向遺跡の発掘された場所があります。ここは、今は畑になっていて、よくわかりませんが、東西に幾つかの建物が整然と並んでいた跡(柱の跡)があって、卑弥呼の時代(3世紀前半)に後の飛鳥の宮殿のような建物跡が発見されたということで、しばらく前に大騒ぎになったところです。

実は観光地としては、ほとんど見るべきものがない感じではあります。有名な箸墓古墳も中には入れず、周りをぐるっと回れるだけ(一周10分ぐらいでしょうか)です。でも、存在感は感じました。

見るべきものはあまりなくても、楽しかったです。この纒向の地は、大和朝廷発祥の地と目されているところです。長く続いた弥生時代の後、突如(?)古墳時代に入って、宮殿のような建物も出現したと考えられているようです。遺跡からは、関東地方から中国地方に至る各地に由来する土器なども発見されて、広く交易があったことが分かるそうです。その頃最先端の街(?)だった場所が今では、かなり田舎町になっているのは不思議ですね。

記紀の伝説によると、この纒向の地では崇神天皇(第10代天皇)・垂仁天皇・景行天皇の磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)、纏向珠城宮(まきむくのたまきのみや)、纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)が存在とされています。

私は邪馬台国九州説が正しいと思っているので、邪馬台国はここじゃないと思っていますが、大和朝廷淵源の地というのは正しいのかなと思っています。

それにしても、暑かったです(笑)。お昼ご飯に三輪そうめんを食べたのですが、これが(暑いところを歩き回ったためもありますが)とびきり美味しかったです(^_^)。「三輪そうめん山本」というお店です。
http://small-life.com/archives/09/11/1220.php

智ちゃんの日記が一昨日更新されました。お盆という題です。智ちゃん、この掲示板を読んでくれたかもしれませんね。また日記が更新されるようになりました。内容も魅力的です(^_^)。海に行ったらしいですが、写真に写っている爽やかな飾りは、「welcome(ようこそ)」の文字に読めます。どこの海だろう?

お誕生日をお祝いしてくださった方にありがとうの言葉が書いてありました。掲示板の方で、カウントダウンと乾杯をしました(^_^)。智ちゃんに応援の声は届いていると思います(^_^)。

また、衣装合わせがあったようです。「ラストコップ」の撮影が始まるということかな?
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